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2018年6月27日 (水)

中間の死

関西青い芝の連合会が、「そよ風のように街へ」を合い言葉のように在宅の障害者宅を訪問し、外出を呼びかけていた矢先に突然、「緊急アピール」なる物が出されて、婚儀の運動の方向性を出さないまま解散されました。代表とも連絡が付かないままでした。

僕は、播磨地域の障害者運動を潰さないために、主だった障害者の仲間達を訪問しました。その中の一人が今回亡くなられた三島さんだったのです。5人の障害者仲間達が集り「毎日集まれる場所がほしい。いろいろな経験を積める場所がほしい」といことから作業所設立運動が始まりました。

5年かけて僕は一人で暮らしていた場所を使って作業所を開設する事が出来ました。その間もだんだん支援しれくれる人の輪を広めて行きました。まだ行政からのホームヘルパーは週に22時間ずつとういう貧困な困難時代に、介助者はほとんどボランテイアで探しながら生活をしていました。僕の後3人の介助の必要な障害者が自立生活を始めました。当時から彼女が一番重度で介助の必要な障害者でした。でも「施設には入りたくない」といのが彼女の一番の原動力であったと思います。そんな彼女の思いを、大切にして多くの人間関係をつくればどんな生活でも出来るんだということを、身を持って教えてくれたのだと思います。

 ご遺体と会ったときに眠ったような顔をしておられ僕は思わず「もう頑張らなくていいゆっくりと休んでください」としか出て来ませんでした。

 三島さんの思いを大切にして、これからも生きてゆこうと思っています。

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2018年6月24日 (日)

脱原発

今日脱原発はりまアクションに参加してきました。福島から避難してきておられて東電・国に訴訟を起こしている方の声を聞きました。
聞いているとまさに天災ではなく人災だと感じました。
今や障害者にとって電気は、必要不可欠なものとなっています。僕自身の生活も電動車椅子やリフトがないとたちまち生活出来ない状況です。まして人工呼吸器等を使っている方にとってはちょっとした停電も生命に関わることもあると思います。
いくら想定した安全を説明されても想定外が起きるのは天災です。原爆に匹敵するエネルギーをひとつのところで作ることが危険であり、それよりも去年一年原発無しでやってこれた実績を生かし近くに小規模の発電所を作れば少し発電所が事故が起こっても他の発電所ですぐカバーできると思います。
昔、反原発の運動でポスターで若い被災した女性が「私子ども産んでもいいのですか」と書かれたものを見てぞっとしたものを感じました。それは障害者が生まれてきたらあかんのかという気持ちです。...
僕も放射能によってがん患者が増えることが許せないとは思っていますがそれは今回は東電や国によって増えている問題病気や障害のない人として生まれてこようとしている人の生き方を強制的に変えているからです。
こういう考え方で運動を広めれば脱原発運動と障害者運動が共闘していけるのではないかと話してきました。Img_20180624_0001


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