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2011年12月11日 (日)

支給量増量の闘いが記事になりました。

僕の闘いの記録が「障害者問題を考える兵庫県連絡会議」の機関誌に掲載されました。

地域での粘り強い闘いが全体の底上げにつながりと支え合う仲間の大切さを訴えています。

以下がその記事です。

●高田さんの審査請求の闘い
 障問連の加盟団体である「NPO法人らいふ・すけっと」の理事長も務められ、自立生活33年目を迎えられる高田耕志さん。故郷である加古川市に移り住み始め、支援費制度開始時には「日常生活支援 241時間」からスタート、以降長年にわたり加古川市に対して介護保障要求を粘り強く取り組まれてこられた。何度も何度も話し合いを重ね、その度に少しずつ介護時間数は増加して行った。また、高田さん自身、脳性マヒの頸椎症による二次障害による障害の重度化、身体状況の変化もあり、「重度訪問介護320時間  移動支援30時間」計350時間だけではとても足りず、時に生命の危機に瀕する事態もあり、切羽詰まった状況に直面させられた。しかし、加古川市は「上限280時間を越え320時間を支給している」と高田さんの実情には耳を傾けず話し合いも平行線、事態はこう着したため、止むなく加古川市の処分(支給決定)を不服として2010年8月27日に兵庫県に審査請求を提起された。審査請求には本人が直接意見を述べる機会を与えて欲しいと強く求め実現した。
約1年後の今年6月末ようやく審査請求の裁決が下された。内容は「加古川市の処分を取り消す」。理由は「日常生活に生じる様々な介護の事態に対応するための見守り等の支援がどの程度の時間が必要か十分把握されたとは言えない」「請求人の具体的なサービス利用意向や、どのような生活をしていきたいのかが十分考慮されているとは認められない」とし、「国の定める基準に基づき適正に支給決定を行ったとは言えず、処分に誤りがあったと認めざるを得ない」との内容であった。
 しかし「取り消す」としただけで、具体的に何時間なのかについて、引き続き加古川市との協議が始まった。「らいふ・すけっと」の職員さんたちが親身になって全面的な支援・アドバイス、ケアプランを一緒に考え、行政は計7回にもわたり高田さん宅を訪問し、介護状況を確認、排泄・入浴など生活すべてを高田さんはさらけ出して訴えられた。加古川市の審査会に直接話しをしたいとの要望は拒絶されたが、詳細な介護内容とそれぞれの問題点をまとめた資料とケアプランを市の審査会に提出し、その結果、ようやく「50時間増量」が決定した。「重度訪問介護が320時間から370時間」になり、それと移動支援30時間で合計400時間になった。高田さん自身、ブログで「ここ播磨では400時間が大きな壁のようです」とコメントされている。
●兵庫県内各市町の支給基準
 高田さんや支援者が多大な労力を費やした結果、勝ち取られたものであるが、当事者の生活実態をちゃんと見ていれば、当然認められたことである。国は「基準を設ける事が適当」としつつ、個別には「個別利用者の状況・希望を勘案して、基準を上回る事があってもかまわない」と通知しているにもかかわらず、逸脱した運用が行われているのだ。
次頁からの一覧表(省略)は、今年度の障問連対県要望の中で各市町の支給ガイドライン資料の請求を行い、各市町基準をまとめたものである。市町の格差は極めて大きく、国が
示す制度運用とは大きく乖離した運用がまかり通っており、例えば西脇市をはじめとした北播磨地域では、「単身かつ夜間の見守り等継続的な支援が必要な場合は重度障害者等包括支援利用になる」・・・と驚くような制度運用が行われている。また、姫路市の重度訪問最大値は「550時間」とあるが、実際には「見守り」は算定されず、姫路市独自の積算方式で現実には400時間が最大値なっている。姫路市も含め、播磨地域は他地域に比べ低い基準になっている。
また、移動支援の「上限なし」については、県に再調査するよう交渉で求めたが、実際には地方部では事業者もなく実質的には利用抑制なのが実態であろう。
唯一、施設入所者の移動支援について西宮市以外でも計7市町で実施されている事が判明した。障問連が長年要望してきた結果、昨年兵庫県が各市町に施設入所者への移動支援はサービス利用の重複にはならず差し支えないとの通知が一定の成果となって表れたと思われる。
審査請求にはものすごい時間と労力がかかる。高田さんは、まさに我が身を削って取り組まれ、誰しもできるものではない。この間の神戸市の事例でも明らかなように、主張しなければ行政は「上限です」と利用抑制しかしない。そのためにも国における制度化と財源確保が求められます。しかし、仮に国の制度が変わっても、要求していかなければ、下記の支給基準は生き続けて行きます。障問連として、個人の闘いをバックアップしつつ、県内各地域での取り組みを活性化していきたい。

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コメント

こんにちわ高田さん!
「かっきー」という名前を覚えていますか?
ご無沙汰してしまいました。
お元気そうで嬉しいです◎
感染での再入院、大変だったでしょうね。
高田さんの活動を遠くから応援しています。
年賀状送るね!

投稿: かっきー | 2011年12月21日 (水) 19時08分

ご無沙汰です
大変うれしいです
名前一生忘れませんよ
あの時すべてを預けて闘病できたのも「かっきー」のおかげですからね
いまではこうやってPCも少しづつ操作できるようになっています
ところで秋に名前変わったのでなかった?
幸せでしょうね

投稿: 管理者 | 2011年12月22日 (木) 20時24分

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